学会賞授賞作

2022年第13回多国籍企業学会賞「単行本の部」受賞作
学術研究奨励賞

中川 充 著
『資源蓄積のジレンマ』中央経済社、2021年12月20日。

本書は、新興国市場における失敗のロジックを解明し、それを超克するためのマネジメントの在り方を明らかにしようとしている。そのために、本書が提起した概念が「資源蓄積のジレンマ」である。資源蓄積のジレンマとは、多国籍企業が先進国市場で事業を展開することによって蓄積されてきた経営資源が新興国市場ではかえって現地に適応した戦略への柔軟な転換を阻害する要因となってしまうというものである。

本書の特徴は、かねてより議論されてきた「新興国市場戦略のジレンマ」を包括的に捉え直そうと試みている点にある。そのために、広範な領域にわたる先行研究のレビューを踏まえ、事例分析、質的比較分析、統計的分析という複数の研究方法を用いたアプローチを採用している。いまだ確たる解決策が見出せない状況にある新興国市場戦略について、実証的に明らかにしようとしている点は高く評価できる。

しかしながら、本書には幾つか課題が残されている。第1に、資源蓄積のジレンマに関するさらなる検討が必要なことである。元になっている「イノベーターのジレンマ」「新興国市場戦略のジレンマ」の議論を十分に克服しているとは言い難い。例えば、「先進国市場で培われた経営資源」とされるものは、先進国市場で「のみ」蓄積されたものとして判じていいのかということがある。イノベーターのジレンマで議論されていた「バリューネットワーク」といったエコシステム的な観点についての議論にも触れられていない。第2に、書籍としての一貫性が十分に担保されていないことである。複数の研究方法を組み合わせ、トライアンギュレーションを実施している点は評価できるが、混合研究法として統合されたデザインが望ましかった。それもあってか、本書の第2部と第3部との議論の整合性に疑問が残る。

上記のような課題はあるものの、本書は社会的意義の高い研究テーマに対し、意欲的に取り組んだ労作であると評価できる。よって、学会賞委員会は本書を「学術研究奨励賞」に値すると判断したものである。

 

学会賞委員会