学会賞授賞作

2021年第12回多国籍企業学会賞「単行本の部」受賞作
入江猪太郎賞

梅野 巨利著
『インド企業のCSR-地域社会に貢献するケララ州企業の事例研究-』お茶の水書房、2021年3月26日。

CSRは、先進国企業を中心に議論されることが多かったが、この研究では、インドという新興国の企業について議論がなされている。

この研究の背景には、著者とインドとの長年に及ぶ関わりと、著者のインドへの愛着の念がある。言い回しがどことなく情熱的に感じられるのは、著者のインドへの愛情から来ているのであろう。

第1章で「会社法2013」によりインドでCSRが義務化されてから、インドで活動する外資企業や地元のインド企業がCSRにどのように取り組み、いかなる課題に直面し、それらにどのように対応しようとしているのかを現地調査をとおして明らかにすることが目的であることを明言する。

第2章では、先行研究を踏査し、CSRをめぐる個別のインド企業の具体的な対応行動や実践活動が明らかにされていないことを指摘する。

第3章と第4章では、Sundar (2013)に基づき、CSR法制化に至る歴史的背景を追っている。計画経済政策がとられる以前のインドには宗教的信念に基づく商人によるチャリティの時代、ガンディーの信託理論に影響を受けた企業フィランソロピーの時代があったことが興味深い。

第5章から第9章までは、事例研究である。まず第5章では、著者がインドとの関わりを持つに至った日系のニッタゼラチン・インディア・リミティドのケースが紹介される。ついで6章では、同じく日系のテルモ・ペンポルのケースが紹介される。第7章から9章では、純粋に民族系のマナプラム・ファイナンス、ショバ、キーテックスのケースが紹介される。これらの章では実際に企業を訪問し、担当者に会い、施設を見学することによって知り得た、具体的なCSR活動とその活動をするに至った意思決定のプロセスが述べられている。

そして、第10章は結論である。発見結果の共通点と相違点が整理される。

インド企業のCSR活動は社会全体への貢献であるというよりも「地元」への限定的な貢献であること、CSR活動により受益する者と受益できない者の差が大きいこと、また、その線引きが恣意的であること、法の基準を守るために嫌々やっているのかというと必ずしもそうとはいえないこと、CSR活動が自社ブランドの認知度を向上させることに使われていること、などを明らかにしている点がこの研究の貢献といえる。

この研究は、独自な視点に立つものであり、著者の現地における人脈がなければできなかったものである。また、文献踏査と現地調査が丁寧に行われている点で学術研究にふさわしい構成になっている。論旨も明快で、その主張には説得力がある。そして、新興国企業におけるCSR活動の実態への扉を初めて開けるものであり、その学術的意義は非常に大きい。高く評価されるべき研究であるといえる。

ただ、この研究には指摘すべき問題点もある。インドに多くの州があるなかで何故ケララ州なのか、また、ケララ州の中に数多存在する企業のなかで何故この5社なのか、根拠が明確でない。また、聴取調査が行われているが、答える側にも、聴く側(解釈する側)にも主観が入っている可能性がある。また、インド企業の多数派がCSRを履行していないという既存の報告があるなかで、ここにおける発見結果を、インド企業全体に敷衍してよいのかについても疑問の余地がある。

しかしながら、こうした問題点があるにせよ、この研究の意義は極めて大きい。入江猪太郎賞の受賞に値すると考える。

 

学会賞委員会委員長 田端 昌平