2020年第11回多国籍企業学会賞「単行本の部」受賞作
学術研究奨励賞
秦 小紅 著
『現地市場における国際総合小売企業の発展プロセス研究-成都イトーヨーカ堂の事例を中心にして-』五絃舎、2019年9月30日。
本書は、成都イトーヨーカ堂の発展プロセスの詳細なケーススタディーに基づいて、国際小売業(GMS)の国際化プロセスに関する既存研究の主張を批判し、新しい視点を提示した学術研究である。既存研究は、「標準化と適応化」という視点から、この種の問題を明らかにしようとする大きな流れがあった。これに対して、本書は批判を行っている。
著者は成都イトーヨーカ堂の現地での発展プロセスを詳細に調べ、さらに小売店と供給業者の関係まで調査範囲をひろげた事例研究を行った。その結果、現地子会社(この場合、成都イトーヨーカ堂)の発展において、現地子会社が「適応化と標準化」を第一に考えたことはなく、むしろ、母国から持ち込もうとした目論見は、初期段階では、ほとんど実現できなかった。しかし、激烈な市場圧力の中で「とにかく生き残る」ために、現地の消費者ニーズに答えることを考えた。この思考方法は母国から持ち込んだものであり、現地の競合小売企業との差別化競争のなかで、自社(本国会社)の強み(知識・ノウハウ)が持ち込まれていった。この強みは、そのまま持ち込まれたのではなく、何らかの形で現地に適応した形になっていた。
これら事例研究から明らかになったことを基に、本研究は、既存研究の「適応化と標準化」という視点に、強い批判を投げかけている。つまり、母国から現地子会社への国際的な知識移転は、「適応化と標準化」の中にある規模の経済的な考え方(標準化によって受けられるメリット)から生まれるのではなく、現地企業との競争の結果、差別化要因として母国の経験を利用するために行われるとしている。
この批判をより平易に解釈すれば、知識の国際移転は、現地企業との競争の中で差別化要因になりそうな部分について行われるものである、という主張につながり得る。こうした主張は、これまでに無いものだけに、別の企業事例を含めたより広範な検討により再確認をすれば、さらに輝きを放つ可能性を秘めている。この意味において、この研究には大いなる発展性があると言える。
一方、本書には次のような課題も指摘できる。
●取材が成都イトーヨーカ堂に偏っており、インタビュイーに言われるがまま、成都イトーヨーカ堂側が取り上げてもらいたい所だけが取り上げられている感がある。
●なぜ成都ではうまくいき、北京ではうまくいかなかったのかについての分析がなされていない。単なる海外出店でなく、「店舗立地」の点までしっかりと踏み込む必要がある。
●成都での成功要因についても、成都イトーヨーカ堂の主張だけを鵜呑みにするのではなく、競争者や地元消費者に対する取材をとおして客観的な裏付けのもとに示す必要がある。
●「発展プロセス」の「発展」とは何をもって発展というのかが明確でない。
●文章に若干の重複が見られる。
とはいえ、この研究が大いなる発展性を秘めていることには疑いの余地がなく、本書は学術研究奨励賞の授賞に十分値する。以上の指摘は、今後の研鑽の材料として捉えてもらえれば幸いである。
学会賞委員会