学会賞授賞作

2020年第11回多国籍企業学会賞「単行本の部」受賞作
入江猪太郎賞

古沢 昌之著
『「現地採用日本人」の研究-在中国日系進出企業におけるSIEs (self-initiated expatriates)の実相と人的資源管理-』文眞堂、2020年3月31日。

本書は、「在中国日系進出企業におけるSIE(現地採用の日本人)」を題材に、現地採用日本人のバウンダリー・スパナー機能や、彼(彼女)らの「キャリア」「職務満足」についての考え方について、アンケートを基にした統計分析や、インタビューを基にした事例分析を通じて、明らかにしている。また、これら調査に先立つ先行研究のレビューも適切に行われており、当該分野での研究の流れを明確に理解することができる。

本書では、SIEのバウンダリー・スパナー機能について様々なことが明らかになる。たとえば、SIEが有する言語や文化的な能力は、「日本人駐在員と中国人従業員の橋渡し」には関係しているものの、「日本本社と中国現地法人の間の橋渡し」にはあまり関係していない点や、SIEのグローバル・マインドセットは前述の2つの橋渡しにプラスに影響している点等である。ここから、本書は、SIEへのグローバル・マインドセットを育むような人的資源管理の重要性を主張しており、説得的である。

その他の主張として、「SIEのグラスシーリングの打破」や「中国的な人的資源管理と人材のミックスの追求」なども主張しているが、これらも、前述の多様な調査によって裏付けられたエビデンスを基にしており、説得的である。

本書は、「既存研究に対する批判」ではなく、多様な分析手法を用いることで新事実を掘り起こし、当該分野の知見を深めるタイプの研究である。これらの知見は、学術研究者にとって高い関心価値があるだけでなく、実務家にとっても価値のあるものである。

本書は、SIEを多面的にとらえるという研究のリッチさや、手堅い調査分析に裏付けられたエビデンスの提示、という意味で、国際ビジネス研究として高く評価できる。

一方、本書には次のような課題も指摘できる。
●各章ごとに独立したテーマを扱っており、バラエティーがあってよい反面、書籍としての統一性をもう一段高める工夫があってもよい。
●随所でなされている重回帰分析のR²がいずれも低く、著者が取り上げる変数以外に重要な独立変数が存在する可能性がある。
●進出企業側からみた「働きぶり」について、「現地採用日本人」だけでなく、「現地人」のそれとの対比があれば、さらに有用である。
●「職務満足」について、「現地採用日本人」だけでなく、「現地人」のそれとの対比があれば、さらに有用である。
●「バウンダリー・スパナー」の可能性においては、「現地採用日本人」だけでなく、「日本への留学経験現地人」、「逆出向経験の現地人」などのそれとの対比があれば、さらに有用である。

とはいえ、本書はこのテーマでの先駆けであり、今後の多国籍企業研究や国際ビジネス研究の発展に大きく寄与するものと考えられる。本書が入江猪太郎賞の授賞に値するものであることについては疑いの余地はない。

 

学会賞委員会