12第1章 はじめに(Verlegh, 2007)。消費者は社会的地位が高い国の製品を好む一方で、製品の価値や品質が劣ると判断すれば、たとえそれが自国製品であっても選ばない場合もある。中国人消費者の行動はこの好例アジアリサーチセンター(2021)によると、中国の消費市場は2019年時点で米国に次ぐ世界2位へと成長しており、さらに、2030年までに17兆米ドルの市場規模に達すると予測されている。ただし、成長が期待される市場は、競合他社の市場への働きかけや現地消費者の嗜好の移り変わりによってダイナミックに変化する特性を有するため(藤岡,2020)、そのダイナミズムを適切に把握することは容易ではない(川端,2009)。さらに、近年の米中間の衝突や貿易戦争、世界各地で広がる保護主義や自国中心主義的なポピュリズムの蔓延など、政治的・地政学的リスクが自由貿易とグローバリゼーションを妨げている部分もある(黒澤,2019;Fischer et al., 2022)。こうした状況において、多国籍企業が海外市場を開拓するには、各市場に根付く自国バイアスの理解がいっそう重要度を増している。自国バイアス(home country bias)に関する代表的な研究としては、Shimp & Sharma(1987)が提唱した経済的動機に基づく消費者エスノセントリズムと、Verlegh(2007)が提唱したアイデンティティ理論に基づくナショナル・アイデンティティが挙げられる。特に後者は前者よりも強い影響力を持つとされる(Fischer et al., 2022; Verlegh, 2007)。しかし、ナショナル・アイデンティティは必ずしも自国バイアスを引き起こすとは限らないである。Tian & Dong(2011)によると、中国人はしばしば西洋ブランドの消費を通じて自身のナショナル・アイデンティティを表現しようとする。例えば、フランスワインの消費は非愛国的ではなく、むしろグローバルな嗜好を取り入れる新しい国民性の具現化なのである(Spielmann et al., 2020)。一方、近年中国では、若者を中心に「国潮消費」と呼ばれる国産ブランドを好む消費トレンドが広がっている(日経ビジネス,2023/12/21)。McKinsey & Company(2022)が発表した『2023 中国消費者調査報告』によると、海外ブランドよりも国産ブランドの方が「品質が良い」と評価する消費者の割合は49%に達し、これに対して反対意見は23%にとどまった。国潮消費の背景には、中国産業の高度化に加え、中国人消費者が自国の経済、文化、技術、そしてブランド1に対して自信や誇りを持つようになったことが挙げられている(百度&人民網研究院,2021;前瞻産業研究院,2023;日経ビジネス,2023/12/21)。ナショナル・アイデンティティに関する議論において、ナショナル・プライドは中心的な概念の一つとして認識されている。政治社会学の分野では、ナショナル・プライドはナショナル・アイデンティティの肯定的な感情を表すとされ(Smith & Jarkko, 1998;田辺,2001)、国際マーケティン 中国政府が掲げた「中国製造2025」に関する通達では、品質およびブランドの強化が「9つの重点戦略」の一つとして明示されている。本稿では、この政策的要因を踏まえ、原産国プライドに関する議論において品質やブランドをマクロ要因として位置づける。中国沿岸部市場における原産国プライドとグローバル・ブランド消費 李 玲
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