多国籍企業研究第16号
68/78

4. 2 今後の研究課題643点目に、NCPの取り組みが、労働者やNGOの声を吸い上げる仕組みとして機能している点である。NCPの個別事例の問題提起者は、NGOと労働組合が大部分を占めており、日本の事例においては、労働組合が大半を占めていた。一方、ILOの多国籍企業宣言のツールにおいては、フォローアップにおいてILOが各国の労働者代表組織から情報を収集するとともに、ヘルプデスクを通じて労働組合やNGOがILOの専門家からアドバイスを受けることが可能となっている。また、企業・労組間対話は、労使双方が望んでいる場合、ILOのサポートのもと対話の機会が設けられる。しかしながらこれらのツールは、NCPの取り組みのように労働者やNGOが問題を提起する仕組みとは異なるものである。そのため、NCPはILOのツールを補足する役割を果たしていると言える。但し、NCPの取り組みは、問題提起がなされた場合初期評価を行い、更なる検討に値する場合、対話の機会を提案することに限られている。そのため、問題の進捗を調査し、調査で得られた情報を報告することはできるが、直接、問題を解決するために働きかけることができない。実際、日本NCPは各事例において初期評価を実施し、その内8件については、更なる検討に値すると判断し、関連するステークホルダーに対話の提案を行った。その内、対話が成立したのは2件で、その他の事例では被提起企業側の合意を得られず、対話が実施されなかった。そして、対話が実施されなかった事例では、既に司法手続きを行っている事例や労働委員会のあっせんが行われている事例、当事者による団体交渉で全面解決に至った事例が見られた。この点は、清水(2010:24)が指摘するように、NCPの活動の困難さを示していると捉えられる。4点目に、多国籍企業宣言の各国担当窓口に比べ、NCPはより広い範囲をカバーしているものの、対応した事例数には限りがある点である。各国担当窓口については、2017年にポルトガルにおいて初めて窓口が設置され、2022年7月現在、窓口が設置されている国は9カ国に留まる。一方、NCPは、2020年時点で49カ国に設置され、100を超える地域をカバーし、500件を超える個別事例への対応が行われてきた。但し、日本NCPが対応した事例については、11件となっており、その数は限られている。関連して、日本NCPの個別事例の対応期間については、近年、比較的短くなる傾向があるものの1件あたり4年程度かかっており、過去には対応終了まで10年近くの期間を要している事例もある。こうした対応期間が比較的長期に渡ることも、対応できる事例数に影響を及ぼしている可能性がある。以上の4点から、NCPの取り組みは、ILOの多国籍企業宣言に関連する問題を扱っており、多国籍企業宣言のツールを通じて公開される情報よりも具体的な情報を公開し、労働者やNGOの声を活かす仕組みを導入している点において、多国籍企業宣言のツールを補足する役割を果たしていると言える。しかしながら、NCPの活動は問題が提起された際に状況を把握し、場合によって対話の機会を提案し、関連する情報を公開することに留まっており、対応件数も限られている。今後の研究課題については、次の3点の課題が挙げられる。1点目は、多国籍企業宣言とOECD多国籍企業行動指針の関係に関連するその他の研究である。本稿では、日本NCPが対応し

元のページ  ../index.html#68

このブックを見る