多国籍企業研究第16号
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3. 1 OECD多国籍企業行動指針の概要573.OECD多国籍企業行動指針における個別事例へのアプローチILOヘルプデスクは、2007年にILO理事会で承認され、2009年より多国籍企業宣言で扱われる分野に関する個別の質問への対応を実施している。また、2010年からは、ウェブサイト上で、同分野に関する情報や関連するツールを共有している(ILO, 2022a: 2)。質問対応サービスについては、部外秘での対応となるため詳細な情報は公開されていないが、利用者数や質問のテーマについての報告書が定期的にまとめられている。開始時から2022年2月までの累計データによると(ILO, 2022a: 4)、質問サービス全利用者(1,558)の内、最も多い利用者は「多国籍企業」(998)で、全体の6割以上を占めている。また、「労働者または労働組合」(156)、「研究者またはジャーナリスト」(101)、「政府」(100)と、労働者や政府等の利用も見られる。一方、質問のテーマについては、労働安全衛生に関する問い合わせ(173件)が最大で、児童労働(124件)、強制労働(121件)、移民労働者(107件)等が上位にランクインしている(ILO, 2022a: 7)。ILO企業・労組間対話は、多国籍企業宣言の適用に関する多国籍企業と労働者代表の対話を支援することを目的としており、以下のプロセスで進められる(ILO, 2021: 2, 6-7)。まず、ILOが多国籍企業及び労働者代表の双方からの依頼を受け、その依頼が企業・労組間対話の趣旨に合致するかを確認する。趣旨に合致する場合は、ILOの担当官が多国籍企業、また労働者代表と別々に議論の場を設け、対話のプロセスや各々の期待、懸念事項等を把握する。その後、これらの情報を元にILOのファシリテーターが選出され、ファシリテーターが対話の機会を設定していく。対話の回数は都度異なるが、多国籍企業及び労働者代表がILOのサポートの終了タイミングを決める。以上の通り、ILOは政府主導のアプローチの課題克服を背景に、多国籍企業宣言を採択し、企業の自主的な行動を促進してきた。そして現在、同宣言の促進に関連するいくつかの国際的な取り組みが展開されている。以下では、そうした取り組みの中でも、ILOの多国籍企業宣言と同時期にOECDによって採択されたOECD多国籍企業行動指針のNCPの活動を取り上げる。1976年、OECDは「OECD多国籍企業行動指針」を採択した。この行動指針は、同指針参加国の多国籍企業に対し、法的な拘束力を伴わない原則と基準を定めている(OECD, 2011: 3)。具体的には、定義と原則、一般方針、情報開示、人権、雇用及び労使関係、環境、賄賂・賄賂要求・金品の強要の防止、消費者利益、科学技術、競争及び納税の分野における責任ある企業行動に関する原則と基準を定めている(OECD, 2011: 3)。また、同指針は、国際的なビジネス環境の変化を反映し、これまで5回(1979年、1984年、1991年、2000年、2011年)の改定が実施されている。特に2000年の改定では、各国にNCPを設置することが定められた(清水、2010:20)。同指針の内容で特筆すべき点は、Ⅴ章の雇用及び労使関係の条項が、多国籍企業宣言の内容を反映している点である。この点については、同章の注釈に、「行動指針のこの章の条項は、1998年のILO宣言の関連条項、及び、

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