多国籍企業研究第16号
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2. 2 基準の設定と監視によるアプローチの課題55の義務、及び未批准条約についての報告義務が挙げられる。前者は、批准した条約の諸規定を実施するために取った措置を定期的に報告する義務であり、後者は、未批准条約に関する自国の法律や慣行の現況を、理事会の要請する適当な間隔でILO事務局に報告する義務である(ILO駐日事務所、2022:12-13)。一方、監視については、ILO憲章に直接または間接的に規定がある手続きと、ILO憲章に予め規定されたものではない手続きを有している(吾郷、1999:150)。前者の具体例としては、通常の監視機構(条約勧告適用専門家委員会、総会の基準適用委員会)、憲章第24条及び第25条に基づく申立、憲章第26〜29条及び第31〜34条に基づく苦情申立が存在し、後者の具体例としては、結社の自由に関する実情調査調停委員会及び理事会の結社の自由委員会が存在する(ILO駐日事務所、2022:15-19)。この基準の設定と監視の仕組みは、結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認に関する動向に明確に表れている。結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認は、これらが担保されなければ、他の労働基準に関する対話や協議ができないことから、その重要性がILOの設立当初から強調されてきた。実際、ILO憲章前文では、不正や困苦、困窮を多数の人々にもたらす労働条件の改善が急務であり、改善に向けて考慮すべき項目の1つとして、結社の自由の原則の承認について言及がなされている。ILOの国際労働基準は3つの期間、すなわち、第一期(1919〜1921年)、第二期(1945〜1952年)、第三期(1958〜1980年)に集中して採択されており(鈴木、2011:11-13)、結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認については、第一期に1つの条約、第二期に3つの条約、第三期に5つの条約及び10の勧告が採択1されている。基準の監視については、通常の監視手続きに加え、審査の対象を結社の自由のみに特化した「結社の自由委員会」が設置されている。結社の自由委員会は、申立人および当事国政府の提出資料に依拠して、事実関係、結社の自由原則違反の有無、そして是正措置を判定する仕組みとなっている(寺本、2015:49)。また、結社の自由委員会による保護は、政府の保護責任の追求によって行われるため、民間の労使紛争で使用者による労働者の団結権侵害が問題となった場合も、申立の相手はその国の政府となり、政府による結社の自由原則の保護制度が適切に機能しているかどうかが審議される(寺本、2015:49)。上記の基準の設定と監視によるアプローチは、ILO加盟国、すなわち各国政府が条約を批准し、国内法を整備することで企業に基準の適用を促す、政府主導のアプローチと言える。他方、グローバル化により多国籍企業の影響力が強まることで相対的に政府の影響力が低下し、従来の政府主導のアプローチでは十分に対応できない状況が生じるようになった。具体的には、グローバルサプライチェーンの拡大に伴い、国境をまたぎ活動を展開する多国籍企業に規制をかけることが課題として認識されるようになった(吾郷、2011:38)。例えば、上述の結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認については、アジア太平洋地域において、同分野に関するILO第87号及び第98号条約の批准率1 具体的な条約及び勧告については中村(2011:144-146)を参考にされたい。

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