多国籍企業研究第16号
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541.はじめに:本研究の背景と目的2.ILOの多国籍企業宣言の採択背景と概要2. 1 基準の設定と監視によるアプローチ国際労働機関(International Labour Organization: ILO)は従来、加盟国がILO条約を批准し国内法を整備することで企業に国際労働基準の適用を促す、政府主導のアプローチを通じ労働問題の解決に取り組んできた。しかしながら、グローバル化により多国籍企業の影響力が強まり、上記のアプローチでは十分に対応できない状況が生じた。そこで、ILOは企業に自発的な行動を促す多国籍企業宣言を採択した。同宣言は様々な活動を通じて展開が進められており、OECD多国籍企業行動指針もそうした活動の1つである。同行動指針については、各国に連絡窓口(National Contact Point: NCP)の設置を要求していることからILOの多国籍企業宣言よりも実効性が高い(吾郷、2011:38-39)との指摘がある一方、いくつかの課題が指摘されている(清水、2010:24)。具体的には、1.NCPに法的な役割がなく強制力がない中での活動は非常に困難である、2.NCPにある案件が付託されたとしても、いつまでに何かをしなければならないといった期限がない、3.個別事例への対応において最終声明が出された場合、その声明に記載された内容が実際に実行されているかの検証が不十分であり、この点をどう監視していくか、4.透明性や秘密性をどのように扱うのかとの課題が指摘されている。本研究の目的は、多国籍企業宣言の展開に関する研究の一端として、同行動指針の下に設置された日本のNCPが対応した事例を検討し、NCPの取り組みが、活動範囲に限りがあるものの、多国籍企業宣言の促進を目的としたツールを補足する役割を果たしている点を明らかにすることにある。本稿の構成は以下の通りである。まず、第2節で多国籍企業宣言の採択背景及び概要を整理する。そして、第3節でOECD多国籍企業行動指針の仕組み及び日本のNCPが対応した事例を整理する。最後に、第4節で考察と今後の研究課題について言及する。従来、ILOは国際労働基準の設定と監視を通じ、労働問題の解決に取り組んできた。国際労働基準は、国際的な最低の労働基準を定め、加盟国の批准によって効果が生じる条約及び、批准を前提とせず拘束力がない勧告から構成される(ILO駐日事務所、2022:4)。同基準は、ILO総会において、ILOの構成員である三者(政府、労働者、使用者)の代表の審議を経て、出席代表の多数決で採択される(ILO駐日事務所、2022:6)。そして、加盟国政府が条約を批准し、国内法を設定することで企業に適用される。他方、最終的に各国の司法機関によって法の実現が確保される国内法とは異なり、国際労働基準の場合、集権的な司法機関が存在していない(吾郷、2011:37)。そのため、国際労働基準の適用においては、監視活動を含むバックアップ制度が重要な役割を果たす(吾郷、2011:37-38)。この点について、ILOは、加盟国に対し、総会で採択されたILO条約についての報告義務を定めるとともに、監視の仕組みを構築している。報告義務については、条約を批准した場合の年次報告提出

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