多国籍企業研究第16号
50/78

3. 6 先行研究の成果と残された課題464.研究課題と分析枠組み4. 1 研究目的と事例の選定FDI理論の展開は1980年代を境に優位性の活用や費用の最小化といった静的な分析から、投資の段階論や発展経路といった動的な分析へと舵を大きく切った。また、1980年代から発展途上国を対象とした研究は、多国籍企業のFDI目的が先進国企業の優位性の活用と異なり、優位性の獲得という観点から捉えるようになった。近年の研究は、企業の生産性が高いほど、また取引ネットワーク内の先行企業が多いほど、FDIが増加するという影響要因が加わり、FDI研究がさらに精緻化した。しかし、FDIへの影響要因は上述の優位性活用や生産性、取引ネットワーク内の先行企業の存在のほかに、第2章で述べたFTAの揺らぎがFDIに与える影響を検討する必要がある。要するに、FTAの展開がFDIを促したと想定できるが、FTAの交渉停滞や主要加盟国の離脱等はFDIに影響を及ぼしているか否かの課題が残されている(次章の課題1)。近年、多国籍企業の投資活動に与える影響は、企業内部の優位性や生産性よりも企業間のネットワーク関係が重要視されるようになった。Ito & Nakajima(2021)は国内の企業間取引がネットワーク内企業のFDI決定にどのような影響を与えるかについて、「不完備情報ゲーム」という分析枠組みを用いて分析した。その結果、企業のFDIはKatz-Bonacich中心性(取引ネットワーク上の位置を示す指標)の上昇につれて増加することが理論的に示された。すなわち、指標が高い企業は取引ネットワークにおける取引先を多く持つ「中心的な」企業であり、FDIを行う確率が高いことを意味する。また、ネットワーク内での取引先の多さがFDIの決定に与える影響ついて、日本の企業間取引ネットワークデータによって実証分析された結果も正の影響があるとなった。特に、取引ネットワークにおいて既存の投資企業があれば、FDIに正の影響を持ち、他の企業が進出しやすくなる結果もKatz-Bonacich中心性を説明している。また、ネットワークにおいて取引先が多ければより多くのFDIが誘致できることが理論的・実証的に示された(Ito & Nakajima, 2021)。しかし、FTAの揺らぎがサプライチェーンに与える影響の分析が見当たらない。そこで、本研究は、FTAの揺らぎが複数の協定に加盟しているASEAN諸国で構築されたサプライチェーンにどのような変化を起こしたのか。また、製造ネットワークにおいて一企業が立地を変更すれば他の企業にどのような影響をどの程度与えたのかを事例を通して明らかにしたい(次章の課題2〜課題4)。次章では、従来の理論と先行研究の成果を踏まえて、FTAの揺らぎがFDIとグローバル・サプライチェーンに与える影響について分析の枠組みを構築する。今後の研究の目的は、繊維・衣服産業を事例に、FTAの揺らぎが企業の直接投資、グローバルサプライチェーンの構築および組織間のネットワークにおいて互いに影響し合う実態を明らかにす

元のページ  ../index.html#50

このブックを見る