多国籍企業研究第16号
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3. 4 発展途上国の企業による投資の理論3. 5 FDIと生産性、取引ネットワークとの関係451980年代以降、発展途上国の企業による直接投資が増加し、発展途上国を対象とした研究が盛んになる。代表的な理論は、小規模技術理論(Wells, 1983)、技術の局地化理論(Lall, 1981)、技術革新と産業高度化の理論(Cantwell, 1989、Tolentino, 1993)が挙げられる。ウェルズ(Wells)の小規模技術理論によれば、発展途上国の多国籍企業が持つ優位性は、①小規模な市場に提供する小規模な生産技術、②柔軟的な対応がもたらす低い管理費用、③技術の適応能力の3点である。発展途上国の企業は先進国の企業と異なる優位性を持つことにより、外国に投資を行う際に文化や地理的距離の近い発展途上国を選択し、シンプルで標準化された労働集約的な生産技術を海外に移転させる傾向がある。また、投資の目的には本国の市場が過小なため、消費市場の確保、より安価な製造コストの追求、資産の分散、先進的な技術の利用等が挙げられた。一方、ラル(Lall)は、国際化生産を行うにあたって、独自の技術優位が必要条件であると述べている。ラルの技術の局地化理論によれば、発展途上国の企業の技術形成は、受動的な模倣ではなく、現地の経済条件や経営環境に適応し、技術やノウハウを吸収・改良するプロセスから得られるものである。すなわち、技術とノウハウの現地化は一種のイノベーションであり、企業の独特の競争優位となる。ラルが提起した内生的技術の形成過程や技術の現地化等は、その後カントウェル等の研究に大きな示唆を与えた。カントウェル(Cantwell)とトレンチノ(Tolentino)は、技術の蓄積、産業高度化と直接投資の3者の波及効果がもたらす技術の蓄積の重要性を説明している。発展途上国の企業は最先端技術の開発に得意な先進国の企業と異なり、経験からの学習能力と組織能力に長ける。発展途上国の企業による絶え間ない技術の学習と蓄積が、本国の産業構造の高度化をもたらし、ひいて対外直接投資を増やす。次に、対外直接投資の増加につれて、外国での製造・経営・販売の経験からグローバル的なノウハウを獲得・適応・改良し、さらに産業構造の高度化と対外直接投資の増加につながる。こうした好循環は発展途上国の企業が持つ独特の技術の学習と蓄積から始まるという。2000年代前後から、企業の異質性に着目し、投資と生産性や取引ネットワークとの関係を論じた研究が増えた。Brainard(1997)の「近接集中仮説」(proximity-concentration trade-off)では、企業が外国に製品を販売する手段として輸出かFDIかの2パターンに分類された。国内の工場に集中して生産した製品を海外に輸出すれば、規模の経済を享受できるが、関税を含む輸出費用がかかる。一方、外国消費者に近接するFDIを行い海外で生産と販売をすれば、輸出費用等がかからないが、現地製造子会社の維持費が必要となる。その後、Melitz(2003)は、国内で生産し輸出を行う輸出企業は国内にのみ提供する非輸出企業より高い輸出費用をまかなえるため生産性が高いとした。また、Helpman et al.(2004)は、FDIを行う多国籍企業が国内に生産を集中する輸出企業に比べて高額の海外子会社の維持費を負担できるので、生産性がより高いと論じた31。31 Brainard(1997)、Melitz(2003)とHelpman et al.(2004)の論点は田中(2015)より整理した。

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