4 スパゲティ・ボウル現象(spaghetti bowl phenomenon)とは二国間FTAが増え、様々な貿易ルールが乱立し、通常とは異なる錯綜した形で交易が行われるようになる事態を指している。こうした錯綜した交易ルールや現象をスパゲティが入ったボウルに喩えたものである。1995年刊行のディスカッションペーパー「US Trade Policy: The Infatuation with FTAs」(Jagdish Bhagwati著)で初めて用いられた用語である。5 TPPの交渉問題について詳しくは首藤(2017)、熊谷(2016)、内田(2017)を参照する。6 筆者が2019年〜2020年にベトナムに進出した多国籍企業にヒアリング調査を実施したとき、一部の企業がTPPの交渉拡大をきっかけに縫製工場と織布工場を順次に移転させる計画を立てたが、縫製工場を移転させた後、米国がTPPを離脱したため織布工場のベトナムへの移転を見送ったことを伺った。2. 2 TPPの妥結と米国の離脱後37国の意見が対立し、決裂と交渉の再開を繰り返し、未だ合意に至っていない。二国間FTAが非効率なため、アジア太平洋地域では、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)とRCEP(地域的な包括的経済連携協定)の二大広域FTAはそれぞれ2010年と2012年に交渉が拡大・開始した。2005年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4ヶ国によって始まったTPPは2006年から交渉が開始した。2010年に米国が交渉に参加したのち、オーストラリア、ベトナム、ペルーも交渉に参加し、その後マレーシア、カナダ、メキシコ、日本が続々と交渉に参加し、計12ヶ国、東アジア、北米、オセアニアに跨がる巨大な地域経済連携協定になった。TPP12ヶ国の規模は世界人口の11.4%、世界GDPの約38.4%を占め、域内貿易比率は約42%であり、環太平洋地域において最大の地域経済体であった(馬田、2016)。日本では2016年12月に参議院の審議を経て、国会でTPPの発効を批准した。一方、米国では2017年にトランプ大統領が就任直後にTPP離脱を表明した。TPP加盟国のほとんどにとって米国が最大の輸出先であり、TPP発効後、米国への輸出拡大を期待していた。しかし、米国のTPP離脱が11ヶ国に投資を拡大した多国籍企業に大きな打撃を与えていると考えられる6。2018年3月8日に米国を除くTPP加盟の11ヶ国はチリのサンティアゴで会合を開き、TPPの原WTOドーハ・ラウンドの交渉が停滞しているなか、二国間FTAの交渉が活発化している。二国間FTAの交渉について、意見の対立によって合意に至らない問題は稀であるものの、各々の国が設定する関税率、通商ルールと手続き等が異なる問題がある。とりわけ、複雑な原産地規則がFTAごとに違えば、通商時の行政手続きが煩雑になり、通商手続きに費やした費用が関税率の低下で節約した費用を相殺するか、もしくは上回る場合がある。現在、多くの二国間FTAが締結され、異なる国にさまざまな商品を輸出する際に適用する関税率や貿易ルールが異なる。こうした錯綜した取引関係は「スパゲティ・ボウル現象4」と呼ばれる。TPPは長年にわたって知的財産権、競争政策、投資家と国家間の紛争処理(ISDS)、環境基準、原産地規則等の点5で交渉が続いていたが、ようやく2015年にアトランタでの交渉が大筋合意に達し、2016年2月にニュージーランドで12ヶ国が署名した。
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