多国籍企業研究第11号
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49林倬史著『新興国市場の特質と新たなBOP戦略 ―開発経営学を目指して―』 金綱 基志間には大きな溝があるように思われる。つまり、現地NGOがキーストーンとなり現地小規模企業とリージョナルなバリューチェーンを形成する段階と、それを多国籍企業のグローバル・バリューチェーンに接合する段階は不連続であり、現地NGOにはそれぞれに異なる戦略や能力が必要とされることになるのではないか。そうだとすれば、ハイブリッド・バリューチェーンVersion2.0に至るまでに、現地NGOは2つの溝を乗り越えることが必要ということになる。それは、セクター横断的に異なるバリューチェーンを接合する際の溝と、ハイブリッド・バリューチェーンVersion1.2とVersion2.0の間に存在する溝である。そして、本書が分析しているCARDの事例に照らしてみると、現地NGOにとってより困難な課題は、いかに後者の溝を超えるのかという点になるのではないか。第三点目は、上記二つの溝を超えるための組織能力を形成する上で、現地NGOをグローバルな頭脳還流のネットワークに組み入れることが有効と考えられるのかという点である。周知のように頭脳還流によって、知識の所在はグローバルに分散化してきている。そして、こうした頭脳還流の担い手である人々によって、起業家精神が周辺国に持ち込まれ、それらの国のいくつかは起業の中心地となっている。ハイブリッド・バリューチェーン2.0のモデルになっているグラミン銀行創設者のユヌス氏も、アメリカに留学した際のヴァンダービルト大学の教授からの教えが、グラミン銀行設立に大きく役立ったと述べている(Yunus and Jolis, 1997)。現地NGOを頭脳還流のネットワークに組み込むことが有効だとすれば、そのための政府や国際機関による援助が、ハイブリッド・バリューチェーンをVersion2.0に進める上で大きな役割を果たすということになるのではないか。いずれにしても、インフォーマル・セクターの存在と現地財閥系企業による産業支配という新興国固有の産業組織や市場の異質性を踏まえながら、新興国における貧困や資産・所得格差の問題を解決するために現地コミュニティ層が主体的な参加が不可欠であること、ただし現地NGOによるBOP戦略にも限界があること、そしてその限界を克服するためには現地NGOによるバリューチェーンを外資系多国籍企業が形成するグローバル・バリューチェーンに、NGOのミッションベースで接合することの必要性を明らかにした点は、本書の大きな貢献点であり、BOP論に新たな地平を切り開く意義を持つと考えることができる。また、本書が提示しているハイブリッド・バリューチェーンVersion2.0の実現は、多くの新興国における社会的課題の解決に向けた展望を示すものともなっている。こうした意味で、本書は高い実践的な意義も有している。本書が、新興国における問題の解決に関心を持つ人々に幅広く読まれ、そこから社会的課題解決に向けた新たな実践が生まれることを切望している。参考文献Hart, S. L.(2010) Capitalism at the Crossroads: Aligning Business, Earth, and Humanity (3rd Edition), Pearson Education: New Jersey. (石原薫訳『未来をつくる資本主義―世界の難問をビジネスは解決できるか―』[増補改訂版]英治出版、2012年)。 Prahalad, C. K.(2010) e Fortune at the Bottom of the Pyramid: Eradicating Poverty rough Prots, Pearson Education:
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