多国籍企業研究第11号
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48林倬史著『新興国市場の特質と新たなBOP戦略 ―開発経営学を目指して―』 金綱 基志さらに第9章では、グラミン・ユーグレナ社の事例を分析しながら、新興国の貧困解消を目指すビジネスモデルには、自律的ビジネス生態系のハブとなる主体の存在が必須であり、そのハブへの現地NGOのコミットメントが不可欠であることが再確認されている。本書は、これまでの多国籍企業によるBOPビジネスが、新興国の貧困や資産・所得格差の問題を解決できていないこと、また貧困層の拡大再生産の負の連鎖を断ち切るために、現地コミュニティ層の主体的参加が不可欠であることを、様々なデータや現地調査により明らかにしている。多国籍企業のBOP戦略によって生み出される就業者は全就業者の一部にすぎず、多くの人々はBOP層を形成するインフォーマル・セクターにとどまったままである。多国籍企業が、一部の就業者に対しての雇用機会を提供することしかできないならば、インフォーマル・セクターを形成するBOP層や現地NGOが自ら主体となって事業機会を作り出していかなければならない。ここには、現地コミュニティ層の主体的な参加なしに、BOP層の貧困問題は解消しないとする著者の強力なメッセージが込められている。ただし、フィリピンにおいて現地NGO(CARD)とBOP層が作り出すハイブリッド・バリューチェーンは、現地NGOによるBOP戦略の限界を抱えたままである。本書では、この限界を乗り越えるために、現地NGOが主体となりながら、そのバリューチェーンを多国籍企業が形成するグローバル・バリューチェーンに接合させることの必要性が強調されているのである。新興国の社会的課題を解決するために、現地NGOやBOP層の主体的な参加が不可欠であること、ただし現地NGOを中心とするBOP戦略にも限界があること、そしてその限界を克服するために、現地NGOのミッションベースで外資系多国籍企業をバリューチェーンに組み込む必要があることを明確にしたことは、本書の大きな貢献点であると考えられる。著者の提示するハイブリッド・バリューチェーンVersion2.0が多くの新興国で実現されるならば、それらの国々での貧困や資産・所得格差の問題は解決に向けて大きく前進していくことが期待できる。以下では、新たなBOP論を提起している本書に対する若干の疑問点を提示していきたい。第一に、本書で強調されている異質なバリューチェーンの接合という点に関してであるが、その接合を行う組織能力とはどのような要素から構成されるのかという点である。これまでの企業間システムに関する研究では、企業間での協調関係を形成・発展させるために外部調整能力、内部調整能力、パートナーを評価する能力、パートナーから学習する能力が必要であると指摘されてきた(武石、2001)。こうした研究は、営利企業から構成される同一セクター内の企業間関係を対象にしたものであるが、NGOと多国籍企業というセクター横断的な場で組織間関係を形成する能力には、同一セクター内で企業間関係を形成する能力とは別の異なる能力が必要とされることになるのか、そうだとすればそれはどのような要素から構成される能力ということになるのだろうか。第二点目は、ハイブリッド・バリューチェーンVersion1.2から2.0に至るプロセスは、連続したものなのか、不連続なものなのかという点である。ハイブリッド・バリューチェーンVersion1.2とVersion2.0は、ともに異質なバリューチェーンを接合して形成されているが、この2つのVersionの

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